2008年5月10日土曜日
万葉集百首撰
巻一
0007 秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治の宮處の仮廬し思ほゆ 額田王
0008 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎ出でな 額田王
0015 渡津海の豊旗雲に入日さし今夜の月夜清明くこそ 中大兄
0018 三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや 額田王
0020 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王
0021 紫のにほへる妹を憎くあらば人づまゆゑに吾恋ひめやも 大海人皇子
0024 うつせみの命を惜しみ波にぬれいらごの島の玉藻刈り食む
0028 春過ぎて夏来るらし白たへの衣ほしたり天の香具山 持統天皇
0030 ささなみの志賀の辛崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ 柿本人麻呂
0037 見れど飽かぬ吉野の川の常滑の絶ゆることなくまたかへり見む 同
0048 東の野にかきろひの立つ見えてかへりみすれば月西渡きぬ 同
0049 日並の皇子の尊の馬並めて御猟立たしし時は来向ふ 同
0051 采女の袖吹きかへす明日香風京を遠みいたづらに吹く 志貴皇子
0078 飛鳥の明日香の里を置きていなば君が辺は見えずかもあらむ 元明天皇
巻二
0105 わが背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露にわが立ちぬれし 大伯皇女
0107 あしひきの山のしづくに妹待つと吾立ちぬれぬ山のしづくに 大津皇子
0108 吾を待つと君がぬれけむあしひきの山の雫にならましものを 石川郎女
0111 いにしへに恋ふる鳥かもゆづる葉の御井の上より鳴き渡り行く弓削皇子
0112 いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし吾が思へるごと 額田王
0114 秋の田の穂向きのよれる片よりに君によりなな言痛かりとも 但馬皇女
0116 人言をしげみ言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る 同
0121 夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな 弓削皇子
0133 ささの葉はみ山もさやに乱げども吾は妹思ふ別れ来ぬれば 柿本人麻呂
0141 磐白の浜松が枝を引き結びまさきくあらばまたかへり見む 有間皇子
0142 家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る 同
0223 鴨山の岩根しまける吾をかも知らにと妹が待ちつつあらむ 柿本人麻呂
0231 高円の野辺の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人無しに 笠朝臣金村
巻三
0255 天ざかる鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ 柿本人麻呂
0266 淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ 同
0267 むささびは木末求むとあしひきの山の猟男にあひにけるかも 志貴皇子
0270 旅にして物恋しきに山下の赤のそほ船沖をこぐ見ゆ 高市連黒人
0318 田兒の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける 赤人
0328 あをによし寧楽の京師は咲く花のにほふがごとく今さかりなり 小野老
0337 憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれ彼の母も吾を待つらむぞ 山上憶良
0415 家にあらば妹が手まかむ草枕旅に臥やせるこの旅人あはれ 聖徳太子
0416 ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ 大津皇子
巻四
0488 君待つとわが恋ひをればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く 額田王
0597 うつせみの人目を繁み石走り間近き君に恋ひわたるかも 笠女郎
0598 恋にもぞ人は死にする水無瀬川下ゆ吾痩す月に日に異に 同
0650 我妹子は常世の国に住みけらし昔見しより変若ましにけり 大伴三依
巻五
0793 世間は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり 大伴旅人
0802 瓜食めば子等おもほゆ栗食めばましてしのはゆいづくより
来りしものぞまなかひにもとな懸りて安眠し寝さぬ 山上憶良
0803 銀も金も玉も何せむにまされる宝子に如かめやも 同
0893 世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば 同
巻六
0909 山高み白木綿花に落ちたぎつ瀧の河内は見れど飽かぬかも 笠金村
0919 若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る 山部赤人
0925 ぬばたまの夜のふけゆれば久木おふる清き河原に千鳥しば鳴く 同
0957 いざ兒等香椎の潟に白たへの袖さへぬれて朝菜つみてむ 大伴旅人
0994 振仰けて若月見れば一目見し人の眉引きおほゆるかも 大伴家持
1018 白玉は人に知らえず知らずともよし知らずとも
我れし知れらば知らずともよし 元興寺僧
1039 吾背子と二人しをれば山高み里には月は照らずともよし 高丘河内連
巻七
1068 天の海に雲の波立ち月の船星の林にこぎ隠る見ゆ 柿本人麻呂
1096 いにしへの事は知らぬを我見ても久しくなりぬ天の香具山
1107 泊瀬川白ゆふ花に落ちたぎつ瀬を清けみと見に来し吾を
1161 家離り旅にし在れば秋風の寒き暮に雁鳴きわたる
巻八
1418 石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも 志貴皇子
1424 春の野にすみれつみにと来し吾ぞ野をなつかしみ一夜宿にける 山部赤人
1427 明日よりは春菜摘まむと標めし野に昨日も今日も雪はふりつつ 同
1439 時は今は春になりぬとみ雪ふる遠山のべに霞たなびく 中臣武良自
1484 ほととぎすいたくな鳴きそ独ゐて寝の宿らえぬに聞けば苦しも 坂上郎女
1494 夏山の木末の繁にほととぎす鳴き響むなる声のはるけさ 大伴家持
1500 夏の野の繁みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ 坂上郎女
1552 夕月夜心もしのに白露のおくこの庭にこほろぎ鳴くも 湯原王
1593 隠口の泊瀬の山は色づきぬ時雨の雨は降りにけらしも 坂上郎女
1606 君待つとわが恋ひをれば我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く 額田王
1658 吾背子と二人見ませばいくばくかこのふる雪の嬉しからまし 光明皇后
1663 沫雪の庭にふりしき寒き夜を手まくらまかず一人かも宿む 大伴家持
巻九
1664 夕されば小椋の山に臥す鹿の今夜は鳴かず寐ねにけらしも 雄略天皇
1736 山高み白ゆふ花に落ちたぎつ夏身の川門見れど飽かぬかも 式部大倭
1791 旅人の宿りせむ野に霜降らばわが子羽ぐくめ天の鶴群
1796 もみち葉の過ぎにし子らとたづさはり遊びし磯を見れば悲しも 人麻呂
巻十
1812 ひさかたの天の香具山この夕べ霞たなびく春立つらしも
1938 旅にして妻恋すらしほととぎす神名備山にさ夜ふけて鳴く
巻十一
2482 水底に生ふる玉藻のうちなびき心は寄りて恋ふるこのころ 柿本人麻呂
2523 さ丹つらふ色には出でず少なくも心のうちにわが思はなくに
2610 ぬばたまの我が黒髪を引きぬらし乱れてさらに恋ひわたるかも
2802 あしひきの山鳥の尾の垂り尾の長々し夜をひとりかも寝む
巻十二
2907 ますらをのさとき心も今は無し恋の奴に吾は死ぬべし
2951 海石榴市の八十のちまたに立ち平し結びし紐を解かまく惜しも 人麻呂
3034 吾妹子に恋ひ術なかり胸を熱み朝戸あくれば見ゆる霧かも
巻十三
巻十四
3399 信濃道は今の墾道刈株に足ふましなむ履はけ吾背
3475 恋ひつつもをらむとすれど木綿間山隠れし君を思ひかねつも
3504 春べ咲く藤の末葉のうら安にさ寝る夜ぞなき子ろをし思へば
巻十五
3608 天離る鄙の長道を恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ 人麻呂
3610 阿胡の浦に船乗りすらむ娘子らが赤裳の裾に潮満つらむか 同
3617 石走る瀧もとどろに鳴く蝉の声をし聞けば京都しおもほゆ 大石蓑麻呂
3638 これやこの名に負ふ鳴門の渦潮に玉藻刈るとふ海人娘子ども 田辺秋庭
3724 君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも 狭野弟上娘子
3772 帰りける人来れりと言ひしかばほとほと死にき君かと思ひて 同
巻十六
3816 家にありし櫃にかぎさし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて 穂積親王
3853 石麻呂に我れ物申す夏痩せに良しといふ物ぞ鰻漁り食せ
3857 飯喫めど甘くもあらず行き往けど安くもあらず
あかねさす君が情し忘れかねつも 佐為王婢
巻十七
3900 織女し船乗りすらしまそ鏡きよき月夜に雲立ち渡る 大伴家持
3911 あしひきの山べにをればほととぎす木の間立ち漏き鳴かぬ日はなし 同
3970 あしひきの山桜花ひと目だに君とし見てば吾恋ひめやも 同
巻十八
4045 沖べより満ち来る潮のいや増しに吾が思ふ君が御船かも彼 大伴家持
4070 一もとのなでしこ植ゑしその心たれに見せむと思ひ初めけむ 同
4072 ぬばたまの夜渡る月を幾夜経と数みつつ妹は吾待つらむぞ 同
巻十九
4139 春の苑くれなゐにほふ桃の花した照る道に出で立つをとめ
4149 あしひきの八峰の雉鳴き響む朝明の霞見ればかなしも
4217 卯の花を腐す長雨の水始による木積なすよらむ兒もがも
4225 あしひきの山のもみちにしづくあひて散らむ山道を君が越えまく 家持
4290 春の野にかすみたなびきうらがなしこの夕かげにうぐひす鳴くも 同
4291 わが屋戸のいささ群竹ふく風の音のかそけきこの夕かも 同
4292 うらうらに照れる春日に雲雀あがり情悲しも独しおもへば 同
巻二十
4305 木の暗の繁き尾の上をほととぎす鳴きて越ゆなり今し来らしも 家持
4337 水鳥の立ちの急ぎに父母に物言はず来にて今ぞ悔しき 有度部牛麻呂
4346 父母が頭かき撫で幸く在れていひし言葉ぜ忘れかねつる 丈部稲麻呂
4357 蘆垣の隈處に立ちて吾妹子が袖もしほほに泣きしぞ思はゆ 刑部直千國
4401 唐衣裾に取りつき泣く子らを置きてぞ来のや母なしにして 舎人大島
4451 うるはしみ吾が思ふ君はなでしこが花に比へて見れど飽かぬかも 家持
4468 うつせみは数なき身なり山川の清けき見つつ道を尋ねな 同
4471 消残りの雪に合へ照るあしひきの山たちばなをつとに採み来な 同
4483 移り行く時見るごとに心いたく昔の人し思ほゆるかも 同
4493 始春の初子の今日の玉箒手に執るからにゆらく玉の緒 同
4516 新しき年の始の初春の今日ふる雪のいや重け吉事 同
参考文献
(1)万葉集検索
(2)たのしい万葉集
(3)新訓万葉集 上下 佐々木信綱著 (*歌の表記はこれに従う。)
(4)萬葉集略解 上下 加藤千蔭著 藤井乙男編
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